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現在、大気汚染の主な原因は自動車の排気ガスですが、日本で大気汚染が問題になりはじめたのは、今から120年くらい前の明治時代の中頃のこと。国内ではまだ自動車はつくられていませんでした。
当時の日本は、欧米諸国の国力に追いつくため、ものの生産を増やし産業を盛んにしようとして、各地にたくさんの工場を建てました。そのため工場周辺では、大量の煙や悪臭が発生しました。特に、銅を鉱石から取り出す工場のまわりでは、煙にふくまれる「亜硫酸ガス」により、農作物が枯れるといった被害が出ました。しかしこの時代は、何より国力強化が最優先だったため、地球環境に対して気をつかうどころではありません。ですから公害問題への関心はとても低いものだったのです。
その後、日本は第二次世界大戦を経験して1945年に終戦をむかえます。終戦後の国の建て直しはとても早いスピードで進んでいきましたが、それにともない、四大公害をはじめとして各地で水質汚濁や大気汚染などの公害が深刻になっていきました。なかでも1955年から65年頃には、自動車を運転するのに昼間でもライトをつけなければならないほど大気汚染がひどいこともありました。いまではこのような状況はなくなりましたが、この先も、目に見えないはずの空気が、目に見えるほどよごれてしまわないように気をつけていかなくてはいけません。 |
亜硫酸ガス
硫黄が燃えたときに発生する気体です。当時は、銅鉱石から余分な硫黄をとりのぞくために鉱石を蒸し焼きにしていたことから、たくさんの亜硫酸ガスが発生していました。しかしいまでは、酸性雨の原因になるこの有害物質を逆に利用して、硫酸や石膏などをつくっています。 |
四大公害
第二次世界大戦後、日本経済は急激に成長していきましたが、環境に対する整備が遅れたため、各地でさまざまな公害が発生しました。なかでも大きな問題となったのが、新潟水俣病、四日市ぜんそく、富山イタイイタイ病、熊本水俣病で、これら4つの訴訟事件は、経済成長最優先の考え方を見直すきっかけになりました。 |
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